説得心理学とは、人の意思決定の仕組みを理解し、行動に影響を与える知識を体系化したものです。顧客に購買を促す実践的な手法として、マーケティングやセールスの分野でも広く活用されています。
この記事では、説得心理学の基本的な考え方を整理したうえで、説得の原則や理論がどのように人の行動に影響を与えるのかを解説します。販売戦略の立案やECマーケティングに役立つ視点を具体例とともに見ていきましょう。
説得とは

説得とは、個人やブランドが発信する情報、または他の要因を通じて他者の行動に影響を与えるプロセスのことです。説得は強制されて起こるものではなく、むしろ交渉や影響力によって自然な同意を促すものであると理解しておきましょう。
説得は効果的なマーケティングの核心であり、成長するビジネスの生命線です。結局のところ、販売プロセスとは、潜在的な顧客に対してあなたの商品が必要であると説得するためのプロセスに他なりません。
説得が重要である理由
リチャード・パーロフ氏は、論文『説得のダイナミクス(The Dynamics of Persuasion :Communication and Attitudes in the 21st Century)』の中で、説得が現代において重要である理由について、以下の3点を述べています。
- 説得力を要するコミュニケーションの数は増加している
- 説得力のあるメッセージは早く伝わる
- 説得力のあるコミュニケーションは複雑になっている
現代では情報が瞬時に拡散し、構造も複雑化しているため、説得心理学を理解する重要性が高まっています。
説得の5つの要素
- ソース(出典)
- メッセージ
- メディア(媒体)
- オーディエンス(聴衆)
- エフェクト(効果)
ソース(出典):説得には、情報の根拠が明確であることが重要です。どれほど戦略的なメッセージでも、出典が示されていなければ、受け手は内容を信用できません。根拠が事実とともに示されている情報は、納得しやすく、発信者への信頼性の向上につながります。
メッセージ:言葉には、販売を左右する大きな力があります。メールや広告などに書くコピーは、顧客の商品購入を後押しします。特に、事実と共感を組み合わせた文章は、顧客との信頼関係を築く力があります。
メディア(媒体):顧客にリーチするためのチャネル(販路)は、メッセージの伝わりやすさに影響します。メールやソーシャルメディア(SNS)などのプラットフォームは、目的や相手の行動に合わせて最適なものを選択しましょう。
オーディエンス(聴衆)説得の成功には、顧客や見込み客を明確にすることが重要です。商品を必要としている理由や人物像が分からないと、説得が困難となります。
エフェクト(効果):説得の最終的な目的(効果)が明確であることが重要です。説得を通じて、顧客にどんな行動を取ってほしいのかを定めましょう。
説得の6つの原則

ビジネス書『影響力の武器』の著者であるロバート・チャルディーニ氏は、キャリアを通して説得が人々に与える影響を6つの普遍的原則として、次のようにまとめています。
1. 返報性
返報性とは、「何かを受け取ると、お返しをしたくなる」という人の心理です。先に価値のあるものを提供することで、顧客は購入や登録などの行動を起こしやすくなります。
例えば、多くのeコマースでは、初回購入時に10%オフのクーポンを提供したり、メールアドレスの登録と引き換えに、役立つ記事や資料を無料で配布したりしています。
これは、単なる割引だけではなく、先に価値を提供して相手に行動を起こさせる施策のひとつです。返報性の原理を理解すると、顧客の行動を自然に引き出せるようになります。
2. コミットメントと一貫性
コミットメントと一貫性とは、人は一度決意したことや過去の行動に対して、一貫した態度を取り続けようとする心理のことです。
例えば、SNSでのシェアや友だち紹介など、顧客への小さな行動のお願いが挙げられます。シェアや友達を紹介したユーザーは、自分の行動や発言との矛盾を避けるため、自身も商品を購入しようとする心理が働きます。
3. 社会的証明
レビュー件数が多い商品や、身近な友人や同僚から勧められたものを思わず購入してしまった経験はないでしょうか。
社会的証明は端的に言うと、人が周囲の行動に合わせようとする、群れの心理のことです。特に友人や同僚からの推薦は、強い影響力を持ちます。
例えば、以下のような施策は、社会的証明を活用してブランドの信頼を高め、顧客の購買を促進させます。
- 販売した商品の数を見せる
- 顧客のレビューを共有する
- ケーススタディを紹介する
4. 権威
人は、権威のある人物やブランドから商品を購入したいという心理を持っています。そのため、信頼に値する実績や関係者を積極的に示すのは重要な戦略です。例えば、権威を示すときに有効な施策は以下のようなものです。
- 受賞歴を強調する
- 名のあるビジネスパートナーを紹介する
- 有名なインフルエンサーとキャンペーンを実施する
これは、心理学で有名な「ミルグラム実験」でも証明されています。人は権威のある存在から指示を受けると、その内容を深く疑わずに従いやすい傾向があることが示されました。
5. 好意
人は、知らない相手よりも好意を持てる相手から商品を買いたいと思う心理があります。特に、自分に関係が深い商品やサービスほど、この傾向は強くなります。
例えば、同じ商品を扱っていても、使う人の悩みに寄り添った発信をするブランドのほうが選ばれやすいでしょう。
好意を持たれるためには、親しみやすく、顧客の興味や価値観への理解を示すことが重要です。共感が得られると、競争が激しい市場でも選ばれやすくなり、売上の向上につながります。
6. 希少性
「今を逃すと損をする」と感じると、人は行動を早めやすくなります。例えば、期間限定のオファーや在庫限り、限定セールといった表現は、この希少性の原則を利用しています。「FOMO(fear of missing out:チャンスを逃すことへの不安)」を刺激し、顧客の購入を後押しします。
説得心理学の3つの理論

1. 社会的比較理論
社会的比較理論とは、自分の能力や意見の確かさを知るために、他者と比較するという心理学の理論です。人は、自分の考えに近い意見ほど受け入れやすく、かけ離れた意見は受け入れにくいことを示しています。
この理論は、1960年代に社会心理学者のレオン・フェスティンガー氏によって提唱されました。人の態度や信念は、下記の3つの連続性に依存するとされています。
- 受け入れの許容度(同意できる)
- 非コミットメントの許容度(どちらとも言えない)
- 拒絶の許容度(同意できない)
説得の成功には、相手がそのメッセージに対してどれだけ近い立場にいるかが重要です。社会的比較理論によると、相手の考えとかけ離れた主張では、態度や行動を変えることは難しいと結論づけられています。
2. 認知的不協和理論
自分の考えと行動の矛盾に気づいたとき、人は不快感を感じます。そのため、不快を解消するために、どちらかの認知を変えたり、都合の良い理由を付け加えたりして、自分を正当化しようとする意識が働きます。
社会的比較理論と同様に、1957年にレオン・フェスティンガー氏によって提唱されました。認知的不協和理論を使って行動変化につなげるためには、次の3つがポイントです。
- 嫌悪的な結果:変化しないことに対するネガティブな結果を提示する
- 選択の自由:決断を強要せず、顧客自身の考えや行動であると感じさせる
- 外的な正当化:行動しなかった理由を、環境や他者のせいにできない状態にする
顧客に自分の判断が間違っていないと思わせると、行動変容が生まれやすくなります。
3. 精緻化見込みモデル
精緻化見込みモデルは、人が説得メッセージをどのように受け止め、それによってどう態度を変化させるかを説明する心理モデルのことです。1986年にリチャード・E・ペティ(英語)氏とジョン・T・カチオポ(英語)氏が提唱した説得の受け止め方には、以下の2つのルート(経路)があるとされています。
- 中心的ルート:顧客に論理や根拠を合理的に検討させる経路
- 周辺的ルート:顧客に雰囲気や印象などの感情的な手がかりで判断させる経路
理想的には、誰もが中心的ルートを通ることですが、必ずしもそうなるとは限りません。顧客がメッセージを理解して分析できるようにするためには、シンプルさが重要です。
効果的な説得とは、単に顧客が感覚に流されるだけではなく、なぜ選ぶのかを自分で考えられる材料を提示することです。
小規模ビジネスにおける説得技法の例
1. Amazon Japan:商品レビューを社会的証明として活用
Amazon Japanは、説得心理学における「社会的証明」を体系的に活用しているECプラットフォームです。
商品ページでは、星評価やレビュー件数に加え、AIによる要約が表示され、多数の購入者の傾向を短時間で把握できるようになっています。これにより、意思決定にかかる負担が軽減され、他者の評価を根拠に購買しやすくなります。
人は、選択肢が多く判断に迷ったときほど、周囲の行動に合わせようとする傾向が強くなります。Amazonは、ユーザーが自力で比較検討しなくても、商品を簡単に選べる状態をつくり出しています。
また、Amazonは「Amazon Vine 先取りプログラム」と呼ばれる招待制のレビュー制度を実施しています。これは、信頼性の高いレビュアーによる評価を促進し、一般レビューと区別して表示させる仕組みです。
Amazonは、レビューを単なる感想として扱うのではなく、新規の顧客の意思決定を支える情報として重要に取り扱っています。
2. 楽天市場:期間限定ポイントを使って希少性を高める
楽天市場はポイント制度を通じて、説得心理学における「希少性」をうまく活用しています。
代表的なのが、期間限定ポイントです。楽天市場では、ポイントアップに関するキャンペーンを定期的に実施しており、それらには有効期限が設定されているケースがあります。
期限を過ぎると自動的に失効するため、顧客は損失を回避するように有効期限内に新たな商品を購入しようとする心理が働きます。
人は同じ金額であっても、得る喜びよりも失う痛みを強く感じやすいものです。すでに保有しているポイントを顧客に資産として認識させることで、購買の動機をつくっています。
3. KeySmart:継続的な一貫性
KeySmart(キー・スマート)は、複数の鍵をコンパクトにまとめられるプロダクトを提供するブランドです。オンライン販売を主軸としており、購入を検討しているユーザーとの継続的な接点の構築を重視しています。
同社の販売戦略は、一度の接触で成果を求めない、継続的なコミュニケーションです。ユーザーが商品をカートに追加したまま離脱したとき、Facebookメッセンジャーを通じてフォローアップを送ります。
関係性を一度で断ち切らず、接触を積み重ねることで、顧客の購買を後押しできる施策です。
実際に、マーケティングや営業の分野では、見込み客が購買に至るまでに、複数回の接触が必要になると言われています。一般的には、6〜8回程度のタッチポイントが目安とされます。
そのため、営業で断られた場合や、返信がない状態、あるいはカートに入れたまま放置(カゴ落ち)されたとしても、それを失敗と捉える必要はありません。むしろ、これらは説得プロセスの初期段階に過ぎないと捉えるのが現実的です。
粘り強い継続的なアプローチは、販売やマーケティングにおいて成功する重要な要因となります。
4. Busted Tees:オファーに緊急性を追加
Busted Tees(バステッド・ティーズ)は、ユーモアのあるグラフィックTシャツをオンラインで販売するアパレル企業です。
主に期間限定セールや大型プロモーションを通じて売上を伸ばしており、購買を後回しにさせないための施策を重視しています。
同社が重視している施策は、今決める理由を明確に示すための緊急性の付加です。緊急性は、購入を迷っている顧客の意思決定を強く後押しします。
期限が設定されると、人は選択を先延ばししにくくなります。スーパーマーケットのレジ付近に並ぶチョコレートを買った経験はないでしょうか。最初は買うつもりがなくても、ここを逃すともう買えないと感じた瞬間に、人は手を伸ばしやすい傾向があります。
緊急性は、大きな割引や強い圧力がなくても機能します。シンクタンクのCXL Instituteの調査(英語)では、商品ページに「〇〇時までに注文すると翌営業日無料配送」という文言を追加しただけで、収益が27.1%増加した事例が報告されています。
一方で、重要なのは顧客を急かすことではありません。すぐに決断すると得られる具体的なメリットを示すことが、結果として購買行動を促します。
Busted Tees(バステッド・ティーズ)は、期間限定オファーや締切を提示することで、迷っている顧客の背中を押しています。
まとめ
説得心理学は、相手を無理に動かすためのテクニックではありません。人がどんな理由で納得し、行動を決めるのかを理解するための実践的な知識です。
説得心理学を理解すると、以下のようなアプローチが可能になります。
- 強要せずに行動を促す
- 反発を生まずに納得を引き出す
- 関係性を構築し、顧客の意思決定を後押しする
派手な話術や強引な交渉術よりも、相手の立場に立って、判断を後押しすることが重要です。説得スキルを磨くと、マーケティングやビジネスだけでなく、人間関係やキャリアにおいても長期的な財産となるでしょう。
説得心理学に関するよくあるFAQ
説得心理学とは何ですか?
人がどのように考え、納得し、行動するのかという意思決定の仕組みを理解する方法を体系化した学問です。
説得心理学はどのような分野で活用されますか?
マーケティングやセールスの分野で、相手に強要することなく自然な行動を後押しする手法として活用されます。日常生活でも、意見を伝えて納得してもらう場面や、人に協力を依頼する際などに、自然に使われています。
説得心理学は商品購入にどう影響しますか?
根拠や共感を示すことで顧客の不安や迷いを解消し、顧客自身が納得して購買する状態をつくります。
説得心理学の技法にはどんな例がありますか?
例えば、割引クーポンを先に配布する、購入者のレビューを掲載する、在庫残りわずかといった期限や数量を明示する、といった方法があります。これらは『影響力の武器』で示されている「人の意思決定の原則」に基づいています。
説得と説明の違いは何ですか?
説得は、相手の感情や意欲に働きかけ、行動や意思決定を促すことが目的です。一方、説明は、事実や論理を伝えて相手に理解してもらうための行為です。
文:Haruhiko Kagawa





