サプライチェーンとは、原材料の調達、生産、輸送、販売を経て、顧客に商品が届くまでの一連の流れのことです。この流れのどこかが滞ってしまうと、商品を予定通り届けられなくなってしまったり、コストが増加してしまったりという影響が出てきます。
パンデミックや国際情勢の変化により、世界のサプライチェーンは不安定な状況が続いています。日本では、トラックドライバー不足による「物流の2024年問題」に加えて、円安や原材料価格の高騰、燃料・エネルギーコストの上昇などが重なり、商品の仕入れや配送コストが上昇しています。さらに、地政学的リスクや気候変動による自然災害の増加など、外的要因も事業運営に影響を与えています。
こうした状況の中でEC事業を行うには、サプライチェーンが抱える課題を正しく理解し、対策を講じておくことが重要です。
この記事では、2025年のサプライチェーンの主要な課題を整理し、EC事業者が取るべき現実的な対策を紹介します。
2025年のサプライチェーンの課題7つ

1. 「2024年問題」と人手不足
働き方改革により、2024年4月からトラックドライバーの時間外労働に上限規制が設けられ、日本全体の輸送能力が低下しました。これにより、ドライバーの増員は急務となっていますが、少子高齢化の影響で人材の確保が難しく、慢性的な人手不足が続いています。
持続可能な物流の実現に向けた検討会では、このまま十分な対策が取られなければ、2030年には輸送能力が34.1%減少すると試算しています。すでに運送コストは上昇しており、EC事業者だけでなく、一般消費者の生活にも影響が及び始めているのが現状です。
こうした背景から、倉庫の地域分散や共同配送、受け取り拠点や受け取り方法の多様化など、より効率的な物流ネットワークの構築が求められています。商品の仕入れや配送体制を見直す企業も増えています。
2. 円安と原材料価格の高騰
今現在も続く円安と、世界的な原材料価格の上昇が、商品の仕入れや製造に大きく影響しています。日本は原材料や部品の多くを海外から輸入しているため、円安になるとその分だけ仕入れコストが上がってしまいます。
一方で、物価の上昇により消費者の節約志向は一層強まっており、企業は値上げに踏み切ることの難しさに直面しています。2025年のデロイト・トーマツの調査では、「節約志向が高まり、より低価格なものを購入するようになった」と回答した人の割合が増加しています。節約志向が高まる中では、単純にコストが上がった分だけ値上げすると売り上げに影響する恐れがあり、反対にコストを据え置くと利益が減ってしまうという局面に企業は立たされています。
また、価格の高騰により原材料の調達が不安定になると、商品ラインナップの維持や新商品の開発にも支障が出てしまい、事業の成長に影響が出てしまうという恐れがあります。事業者には、複数の仕入れ先を確保してリスクを分散する、国内での調達を増やすといった動きが求められています。たとえば、これまで海外から仕入れていた素材の一部を国産品に切り替える、製造を国内の工場に委託するなどといった対策が必要となるでしょう。
円安や原材料高の影響はすぐには解消されないことを踏まえると、調達先の見直しや在庫管理の最適化によって、安定した商品供給を保つことが重要な鍵となります。
3. 燃料とエネルギーコストの上昇
燃料や電力などのエネルギーコストの上昇も、企業にとって大きな課題です。原油価格の変動に加え、円安によって輸入燃料の価格が上昇し、ガソリン代や電気料金、ガス料金などが全体的に高くなっています。日本では、電気料金に燃料費調整制度が導入されており、原油や液化天然ガスなどの輸入価格が上がると、電気代も連動して上昇します。そのため、燃料価格の高止まりが続くと電力コストも上がり、経営を圧迫する要因となります。
この影響は、物流や製造業だけでなく、EC事業にも広がっています。商品を保管する倉庫の電気代や、配送にかかる燃料費が上昇し、事業コストの増加につながっています。特に、冷凍・冷蔵品を扱う店舗や、温度管理が必要な倉庫を運営する事業者にとっては、電気代が大きな負担となっています。また、運送会社は、燃料価格が上がったときに請求する調整金として、燃料サーチャージを導入しているため、ECの配送コストも上昇しています。
エネルギー価格の変動は今後も続くと見られており、省エネ設備の導入や配送ルートの最適化など、エネルギー効率を高める取り組みがますます重要になっています。
4. 世界情勢の不安定化と国際物流の混乱
世界のサプライチェーンに長期的な影響を及ぼしている要因の一つに、国際情勢の不安定化が挙げられます。ロシア・ウクライナ情勢の長期化や、イスラエル・パレスチナ情勢の緊迫化により、物流ルートが混乱し輸送の遅延や運賃の上昇が相次いでいます。主要な航路や貿易ルートの安全確保が難しくなり、国際物流の不安定さが増しています。
日本はエネルギーや原材料、部品の多くを海外から輸入しているため、こうした国際物流の混乱は国内企業に直接的な影響を与えます。欧州向けや中東経由の海上輸送では、航路の変更や保険料の上昇などが発生し、輸送コストや、輸送期間の延びが課題となっています。
さらに、米国による輸入関税の強化に伴い、世界各国との取引コストが上昇する可能性も指摘されています。特に中国との貿易摩擦が高まっていることから、中国を経由する製造や調達コストの上昇リスクが懸念されています。
海外に頼りすぎないよう、拠点を分散させたり、国内の調達先を確保したりといった工夫が求められており、実際に製造業においては、国内に生産拠点を移す動きが広がっています。
5. 自然災害と気候変動リスク
気候変動による自然災害の増加も、サプライチェーンに大きな影響を与えています。日本では近年、台風の大型化や豪雨の増加など気象条件が悪化している影響で、物流の停止や遅延がたびたび発生しています。
また、猛暑による影響も無視できません。高温によって倉庫作業が制限されるほか、在庫や機材の故障、電力消費の増加といった間接的な負担も生じています。特に、冷凍・冷蔵品を扱う事業者にとっては、電力コストの上昇や停電リスクは大きな課題です。
気候変動によるリスクを念頭に置き、災害に強い体制づくりや、複数の物流ルート、倉庫の確保といった備えを進めておくことが重要です。
6. サイバーセキュリティの脅威
近年、サプライチェーンを狙ったサイバー攻撃は増加傾向にあります。中でも拡大しているのは、標的とする企業に直接攻撃するのではなく、セキュリティ対策が脆弱な企業を起点に被害を波及させていく「サプライチェーン攻撃」です。
EC事業では、在庫管理システムや配送サービス、決済システムなど、外部とデータをやり取りする場面が多くあります。そのため、一つのシステムが攻撃されると、他の事業者や顧客にも影響が及ぶリスクがあります。情報漏えいやサービス停止などが発生すれば、顧客の信頼を失いかねません。
実際に、日本でもサプライヤーや物流企業を通じてウイルスに感染し、取引先企業の業務が止まる事例が報告されています。特に中小規模の事業者は、セキュリティ対策が十分でない場合も多く、攻撃の標的になりやすいといわれています。
こうしたリスクに備えるには、二段階認証の導入や、アクセス権限の管理、データのバックアップなど、日常的なセキュリティ対策を徹底することが重要です。さらに、取引先や外部サービスを選ぶ際には、セキュリティ体制が整っているかどうかも確認しておきましょう。
7. サステナビリティ対応
環境や社会に配慮したサプライチェーンの構築も、取り組むべき新たな課題の一つです。気候変動や資源の不足が進む中で、地球や人にやさしい方法で商品を製造し、届けることが求められるようになっています。
エコパッケージの導入や過剰包装の削減、配送距離の短縮など、サステナブルな取り組みは注目されていますが、対策にはコストや手間がかかります。そのため、特に中小規模のEC事業者では、対応が追いつかないケースも少なくありません。
日本では現在のところ法律で何かが義務づけられているわけではありませんが、取引先や消費者の意識の変化によって、対応を求められる機会が増えています。また、海外企業との取引では同等の基準が求められる可能性もあります。
環境や社会への配慮は、顧客ロイヤルティを高める要素にもなります。小さな工夫から始めて、長く続けられる形を見つけていくことが大切です。
事業者が今すぐ取り組めるサプライチェーン対策7つ

1. 多様な仕入れ・物流ルートを確保する
複数のサプライヤーや配送ルートを確保し、災害や物流遅延に備えましょう。特定の仕入れ先に依存するのではなく、物流ルートを多様化させておくことで、トラブルが起きた場合でも商品を安定して供給できます。
また、地域の卸業者や代替ルートを事前にリスト化しておくと、緊急時にも柔軟に対応できて安心です。商工会議所や業界団体、自治体の中小企業支援窓口などから、地域の業者情報を得られることがあるので確認してみましょう。
配送方法を多様化することもリスク分散につながります。たとえば、ローカルデリバリーや店舗受け取りを導入すれば、配送遅延や送料負担を減らすことができ、顧客にとっても利便性が高まります。
2. 国内や地域の業者とつながる
海外からの輸送に時間やコストがかかる場合は、国内の生産者や仕入れ先とつながるのも有効です。近年では、輸送リスクや為替変動の影響を避けるために、調達先を国内へ戻す「リショアリング」の動きも広がっています。
特にスモールビジネスにとって、地域の業者と協力することは大きな強みになります。輸送距離を短縮できるため、配送コストの削減や納期の安定化につながるほか、サステナビリティの観点からも効果的です。
さらに、地元の製造業者や農産物生産者と連携して「地産地消のサプライチェーン」を構築すれば、地域ビジネスとしての価値を高めることができます。地域との協働を強化することは、長期的な信頼関係の構築や、災害時などの助け合い体制にもつながり、安定した事業を築くうえでも有効です。
3. デジタル化で在庫を最適化する
在庫や発注の流れを効率化するには、デジタル化が効果的です。手作業で在庫を確認して発注していると、タイミングにズレが生じ、売り切れや過剰在庫が起こりやすくなります。デジタル化することで在庫精度が向上し、コスト削減が期待できます。
在庫を効率的にデジタル化するには、在庫管理システムや、在庫管理機能が充実したECプラットフォームを活用しましょう。たとえば、Shopify(ショッピファイ)なら、販売データや在庫情報をリアルタイムで確認できるため、需要の変化にすばやく対応できます。またアプリを使えば、在庫通知を受け取れるほか、在庫管理も自動化できます。
こうした在庫や仕入れ、物流をまとめて管理する仕組みは、SCM(サプライチェーン・マネジメント)と呼ばれ、その管理に特化したSCMシステム(サプライチェーン・マネジメント・システム)も存在します。月に数万円から利用できるクラウド型サービスもあるので、事業拡大に合わせて導入を検討するとよいでしょう。
4. 不要な返品を減らす仕組みを整える
返品を減らすことは、在庫や配送の負担を軽くするだけでなく、EC物流全体の効率化にもつながります。
返品を減らすには、まず購入前のミスマッチをなくす工夫が大切です。商品説明にサイズや仕様を詳しく掲載し、商品写真で使用感を伝えることで、顧客の期待とのズレを減らせます。また、360度ビューやAR試着などを活用すれば、商品をより正確に伝えることができます。
また、返品ポリシーを明確にしておくことで、トラブルを防ぎやすくなります。返品率を下げることは、コスト削減だけでなく環境への負担軽減にもつながり、より持続可能なサプライチェーンづくりに役立ちます。
5. 災害・エネルギーリスクへの備えを明文化する
自然災害や停電などのトラブルに備えて、対応方法をあらかじめ整理しておくことが大切です。緊急時の行動を文書にまとめた「BCP(事業継続計画)」を作成しておきましょう。トラブルがあった際、誰がどのように連絡を取り、どの順番で復旧作業を行うかを明確にしておくことで、混乱を防ぎ、落ち着いて対応できます。
そのうえで、倉庫やシステムを守るための具体的な対策も欠かせません。非常用電源の確保やクラウド上でのデータバックアップ、柔軟に切り替えられる配送ルートの設定など、小さな備えでも被害を大きく減らすことができます。
また、電力コストが上昇している今こそ、省エネ設備の導入やエネルギー利用の見直しを進めることが、長期的なコスト削減と安定的な運営につながります。
個人で防災セットをつくるように、事業も非常時に備えておくことで、万が一の事態が起きても事業を止めずに継続でき、顧客や取引先からの信頼を守ることができます。
6. セキュリティを強化する
サイバー攻撃が増加している今、十分なセキュリティ対策が欠かせません。サプライチェーンの中で起こるサイバー攻撃は、どんな規模の事業者でも被害にあう恐れがあります。顧客や取引先の信頼を失わないためにも、次のような対策を取り入れましょう。
- 二段階認証を導入する
- 社内や外部パートナーとの共有アカウントはアクセス権限を限定的にする
- エンドポイントでの監視を強化するEDRを導入する
- インシデント発生時の体制を整える
さらに、万が一のときに対処できるよう、顧客情報や受注データなどのバックアップを定期的に取っておきましょう。
7. 環境に配慮した物流戦略を導入する
サプライチェーンの安定と同時に、環境への配慮もこれからのEC運営に欠かせません。再利用できる梱包材の使用や、発送距離を短くする工夫など、小さな取り組みでも継続することで、サステナブルなサプライチェーンの構築につながります。
また、トラック輸送から船舶や鉄道に切り替える「モーダルシフト」や共同配送の導入も、EC事業者が実践できる対策です。CO2削減だけでなくドライバー不足の解消にも効果があります。
こうしたサステナブルな取り組みは、環境意識の高い消費者に選ばれるブランドを構築するうえでも欠かせません。長く続けられる形で実践していきましょう。
まとめ
サプライチェーンを取り巻く環境は、人材不足やエネルギーコストの上昇にとどまらず、国際情勢の不安定化や災害リスクの増加など、さまざまな要因が絡み合い複雑化の一途をたどっています。
サプライチェーンリスクには、多様な物流ルートの確保、在庫管理のデジタル化、災害やサイバー攻撃に備えた体制の構築など、包括的な対策が求められます。コストやリスクを減らすための仕組みを整えることが、安定した事業運営の鍵となるでしょう。
よくある質問
サプライチェーン問題とは?
サプライチェーン問題とは、商品が生産者から消費者に届くまでの一連の流れで発生する、さまざまな課題を指します。たとえば、人手不足やそれに伴う物流遅延、原材料費や輸送費などのコスト上昇、自然災害リスクなどが挙げられます。
サプライチェーンの見直しは、スモールビジネスにも必要?
はい。規模の小さいEC事業でも、仕入れ先や配送ルートが止まると販売に大きな影響が出ます。まずは、主要な仕入れ先や配送業者の代替候補をリスト化するだけでも立派なリスク対策になります。最近は、小規模事業者でも利用できる在庫管理アプリやフルフィルメントサービスも増えているため、無理のない範囲で取り入れていきましょう。
BCPの作り方は?
まずは、停電・災害が起きたらどう動くか、誰がどこに連絡するか、代わりの配送方法はあるかといった基本方針をまとめてみましょう。中小企業庁や商工会議所でも、BCP策定のためのテンプレートやガイドが公開されています。基本方針をまとめておくだけでも、災害時の判断力と対応スピードが大きく変わります。
文:Taeko Adachi





